人はすぐ、「あの人はいい人だ、悪い人だ」とレッテルを貼ります。法然、親鸞は、人間はみんな凡夫であって、自由意思で修行を積んで悟りを開くことはできない、自力では悟れない、と考えました。なぜなら縁によって悪くなったり良くなったりするから、その人が良いか悪いかは、その人が出会う人や物によってコロコロと変わると考えました。人間は他人に裏切られますが、時として自分にも裏切られます。法然は言います。
「われらが往生は、ゆめゆめ、わが身のよしあしにはより候まじ。ひとえに仏の御ちからにばかりにて候べきなり」
極楽往生に私の善悪は関係がないということです。