<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" version="2.0"><channel><atom:link rel="hub" href="http://tumblr.superfeedr.com/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"/><description>京都在住のライターのメモ的なたんぶらー。考えたこと＆読書メモが中心です。プロフィールはこちら。</description><title>BOUZE-NOTE's</title><generator>Tumblr (3.0; @bouzu-show)</generator><link>http://bouzu-show.tumblr.com/</link><item><title>"マッコウクジラの内部はとても広々としていて、ときには胃袋の中から二万八千匹以上ものイカやタコが見つかったという記録もある。例の船員もやはり、クジラの体内では決してひとりぼっちではなかったのだろう。おそら..."</title><description>“マッコウクジラの内部はとても広々としていて、ときには胃袋の中から二万八千匹以上ものイカやタコが見つかったという記録もある。例の船員もやはり、クジラの体内では決してひとりぼっちではなかったのだろう。おそらく何十万という数の、吸盤つきのタコの足に巻きつかれたり、なでられたり、吟味されたりしたにちがいないのだ。そう考えると、生還した船員が二週間も錯乱していたという話もあながちおおげさではないように思える。ぼくたちのまわりには、ほんのちょっとしたことでもすぐにまいってしまい、精神科のセラピーが必要になる人だっているのだから。”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;P44 クジラ――大いなる胃袋へのご招待『キリンと暮らす　クジラと眠る』アクセル・ハッケ作／ミヒャエル・ゾーヴァ絵　講談社&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7227207105</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7227207105</guid><pubDate>Mon, 04 Jul 2011 22:57:01 +0900</pubDate></item><item><title>"昔の人は、キリンが、ラクダとヒョウの子どもだと信じていたようだ。一方からは長い首と優しい目を、もう一方からはまだら模様の毛皮を授けられたのだと。

シーザー時代のローマで、キリンのことをキャメルレオパル..."</title><description>“&lt;p&gt;昔の人は、キリンが、ラクダとヒョウの子どもだと信じていたようだ。一方からは長い首と優しい目を、もう一方からはまだら模様の毛皮を授けられたのだと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;シーザー時代のローマで、キリンのことをキャメルレオパルド（ヒョウの模様をしたラクダ）と呼んでいたのもそのためだし、そこから転じて、動物学的にも、ジラッファ・カメロパリダリスというラテン語の名称がついたのだそうだ。&lt;/p&gt;”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;P80 キリン――都会暮らしに最適のパートナー『キリンと暮らす　クジラと眠る』アクセル・ハッケ作／ミヒャエル・ゾーヴァ絵　講談社&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7227125104</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7227125104</guid><pubDate>Mon, 04 Jul 2011 22:52:34 +0900</pubDate></item><item><title>"「あたらしい村づくりというのは、自由な人間の集まりだよ。だれもやろうとしないような、冒険的で、ちょっぴりぶきみなことをやろうという人間の集まりなんだ」
「なんですって？」
ミムラのむすめは、興味をそそら..."</title><description>“「あたらしい村づくりというのは、自由な人間の集まりだよ。だれもやろうとしないような、冒険的で、ちょっぴりぶきみなことをやろうという人間の集まりなんだ」&lt;br/&gt;
「なんですって？」&lt;br/&gt;
ミムラのむすめは、興味をそそられたようでした。”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;P165『ムーミンパパの思いで』ヤンソン、講談社文庫&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7226657050</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7226657050</guid><pubDate>Mon, 04 Jul 2011 22:25:45 +0900</pubDate></item><item><title>"この世はすぐには良い方向には変わりません。ただ、一人ひとりの願いがずっと続いていくことで、長い時間で見ると変わっていくかもしれません。悲願をもって一人ひとりが変える一つの力になっていこうとするのが仏教の..."</title><description>“この世はすぐには良い方向には変わりません。ただ、一人ひとりの願いがずっと続いていくことで、長い時間で見ると変わっていくかもしれません。悲願をもって一人ひとりが変える一つの力になっていこうとするのが仏教の教えです。そして、私なりのささやかな慈悲を実践して行くのが念仏者としての私の立場です。そういう気持ちで、法然院を今後も預かっていきたいと思っています。”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;P144 法然院 貫主 梶田真章 仏教と先祖教 『宗教者に聞く！ 日本編・上』読売新聞大阪本社編／法蔵館&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7226409333</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7226409333</guid><pubDate>Mon, 04 Jul 2011 22:10:38 +0900</pubDate></item><item><title>"人はすぐ、「あの人はいい人だ、悪い人だ」とレッテルを貼ります。法然、親鸞は、人間はみんな凡夫であって、自由意思で修行を積んで悟りを開くことはできない、自力では悟れない、と考えました。なぜなら縁によって悪..."</title><description>“&lt;p&gt;人はすぐ、「あの人はいい人だ、悪い人だ」とレッテルを貼ります。法然、親鸞は、人間はみんな凡夫であって、自由意思で修行を積んで悟りを開くことはできない、自力では悟れない、と考えました。なぜなら縁によって悪くなったり良くなったりするから、その人が良いか悪いかは、その人が出会う人や物によってコロコロと変わると考えました。人間は他人に裏切られますが、時として自分にも裏切られます。法然は言います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「われらが往生は、ゆめゆめ、わが身のよしあしにはより候まじ。ひとえに仏の御ちからにばかりにて候べきなり」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;極楽往生に私の善悪は関係がないということです。&lt;/p&gt;”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;P143 法然院 貫主 梶田真章 仏教と先祖教 『宗教者に聞く！ 日本編・上』読売新聞大阪本社編／法蔵館&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7226368575</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7226368575</guid><pubDate>Mon, 04 Jul 2011 22:08:06 +0900</pubDate></item><item><title>"お釈迦さまの悟りを漢字二文字で書けば「縁起」、一文字なら「空」と私は答えます。お釈迦さまの教えのなかには「一切皆苦」というものがあります。「苦」を私は「自分の思うままにならないこと」と解釈しています。私..."</title><description>“&lt;p&gt;お釈迦さまの悟りを漢字二文字で書けば「縁起」、一文字なら「空」と私は答えます。お釈迦さまの教えのなかには「一切皆苦」というものがあります。「苦」を私は「自分の思うままにならないこと」と解釈しています。私の人生は自分で決めているようで、じつはみんなで決めているのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思い通りにはならず、生きていくのに悩み苦しむのは当たり前で、お釈迦さまは苦しみたくなかったら「我にこだわるな」と言っておられます。そうは言っても煩悩を断てない人もいます。「ありのままに生きればいいじゃないか」と言ったのが法然、親鸞なのです。&lt;/p&gt;”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;P140 法然院 貫主 梶田真章 仏教と先祖教  『宗教者に聞く！』日本編・上』読売新聞大阪本社編／法蔵館&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7226290149</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/7226290149</guid><pubDate>Mon, 04 Jul 2011 22:03:07 +0900</pubDate></item><item><title>"私たちは自分自身の魂について分かっていないのだし、まして他人の魂についてなど分からないのだ。人間は長々とつづく道を手に手をとって歩き通すのではない。一人ひとりの道には原生林が、鳥の足跡さえも見られない雪..."</title><description>“私たちは自分自身の魂について分かっていないのだし、まして他人の魂についてなど分からないのだ。人間は長々とつづく道を手に手をとって歩き通すのではない。一人ひとりの道には原生林が、鳥の足跡さえも見られない雪の広野が横たわっているのだ。ここを私たちは一人で歩み、だからこそその道がより好きなのだ。つねに同情され、つねに同伴され、つねに理解されたら耐えがたいだろう。”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;On Being Ill, Virginia Woolf, 1930&lt;br/&gt;
『病むことについて』ヴァージニア・ウルフ（川本静子訳）、みすず書房,p79&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/6336515099</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/6336515099</guid><pubDate>Thu, 09 Jun 2011 09:16:32 +0900</pubDate></item><item><title>桜が咲きはじめた3月の終わり、春休みのメイッコたちを連れて姉が里帰りをした。「みんなで王子動物園に行くけど一緒にどう？」と言う。王...</title><description>&lt;img src="http://25.media.tumblr.com/tumblr_ljwo9iVrOz1qa5c2uo1_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;桜が咲きはじめた3月の終わり、春休みのメイッコたちを連れて姉が里帰りをした。「みんなで王子動物園に行くけど一緒にどう？」と言う。王子動物園は、私と姉がメイッコたちと同じようなチビッコだった頃、家族4人でよく遊びに行った。ゲートを入ってすぐ左手に広大なフラミンゴ池があって、「動物園に来たぞ」というワクワク感と「楽しかったけど疲れて眠い」という記憶が靄のように、鮮やかなサーモンピンクの鳥たちの映像に重なっている。ところが、大人になった私が見る「広大なフラミンゴ池」はあまりにも小さく、自分が巨人になってしまったような気分を味わいながら、幼い記憶を上書きしてしまったのだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;巨人で大人になった私とチビッコメイッコたちが、一緒に「うわー！」と見上げたのはゾウである。ゾウは大きい。いくつになっても、人生の道がどこかで曲がりくねっいても。ゾウの前で、我々は「大きいねー」という言葉を玉入れの玉のようにぽいぽい投げあげた後、敢然とパンダやペンギンや観覧車やお弁当やアイスクリームを乗り越えて、くたびれ果ててよろめくまで遊んだのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;後日、メイッコに手紙を書く約束になっていたので、私は「桜の森をのしのし歩く象に乗ってはしゃぐメイッコ」を描いた。絵の下には「ぞうさん　おおきかったね」とひらがなを綴った。そろそろ読める文字があるらしいのだ。姉の報告によると、メイッコはこの絵をたいそう気に入り、絵を見ながらお話を創作してしゃべっていたらしい。絵と彼女の間で、いったいどんな物語が生まれたのだろうか？　記念すべきメイッコとのコラボ作品1号の誕生に、叔母バカは思わず身をよじって喜んでしまうのである。&lt;/p&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/4748424758</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/4748424758</guid><pubDate>Wed, 20 Apr 2011 00:27:18 +0900</pubDate></item><item><title>『花園』誌（妙心寺発行）での連載がスタートしました。タイトルは『お坊さんにご用心』。表紙イラストと題字はお坊さん＋イラストレーター...</title><description>&lt;img src="http://25.media.tumblr.com/tumblr_lild228wfA1qa5c2uo1_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;『花園』誌（妙心寺発行）での連載がスタートしました。タイトルは『お坊さんにご用心』。表紙イラストと題字はお坊さん＋イラストレーターの中川学さん。私のエッセイにもイラストを描いていただいて、ヤッホー！な気分です。30冊もいただいたので欲しい人にはお送りします。いろんな連載があって読みごたえありますよ。&lt;/p&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/4076025795</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/4076025795</guid><pubDate>Fri, 25 Mar 2011 11:18:02 +0900</pubDate></item><item><title>"「私が言いたいのは」と彼女は静かに言う。そして耳たぶを掻く。きれいなかたちをした耳たぶだ。「人間というのは、何を望んだところで、どこまでいったところで、自分以外にはなれないものなのねっていうこと。ただそ..."</title><description>“「私が言いたいのは」と彼女は静かに言う。そして耳たぶを掻く。きれいなかたちをした耳たぶだ。「人間というのは、何を望んだところで、どこまでいったところで、自分以外にはなれないものなのねっていうこと。ただそれだけ」&lt;br/&gt;
　「そういうステッカーも悪くないな」と僕は言う。「『人間というのは、どこまでいっても自分以外にはなれないものだ』」&lt;br/&gt;
　彼女は声をあげて楽しそうに笑う。それで、さっきまでそこにあったひからびた微笑みの影はどこかにふっと消えてしまう。”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;村上春樹『Birthday Girl』　めくらやなぎと眠る女／新潮社所収&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1451798240</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1451798240</guid><pubDate>Mon, 01 Nov 2010 16:27:53 +0900</pubDate></item><item><title>「話す」より「聴く」ことからはじめた人／藤岡延樹さん（下）</title><description>&lt;a href="http://www.higan.net/blog/bouzu/sect/jodoshinshu/enju_02/"&gt;「話す」より「聴く」ことからはじめた人／藤岡延樹さん（下）&lt;/a&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1440367037</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1440367037</guid><pubDate>Sun, 31 Oct 2010 03:56:50 +0900</pubDate></item><item><title>　「サンドイッチね」とメイッコ1号が赤い折り紙と緑の折り紙を裏返して三角に折り、すこしずらして色を見せた。「トマトとレタスかなぁ」...</title><description>&lt;img src="http://25.media.tumblr.com/tumblr_lawbdaGhiA1qa5c2uo1_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt; 時計とバッグ&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; &lt;img src="http://25.media.tumblr.com/tumblr_lawbdaGhiA1qa5c2uo2_500.jpg"/&gt;&lt;br/&gt; サンドイッチ&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; &lt;p&gt;　「サンドイッチね」とメイッコ1号が赤い折り紙と緑の折り紙を裏返して三角に折り、すこしずらして色を見せた。「トマトとレタスかなぁ」と言うと、今度はピンクと黄緑を選んで折り、「これ、ハムとおやさいね」と渡してくれる。メイッコ2号は手あたりしだいに紙を握りしめて得意顔になり、姉は「あーあーあ……」とため息をつきながら、バラバラになった残りの折り紙をトントンとまとめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「食べてみよっか？」とメイッコ1号が折り紙のサンドイッチを両手で持ち上げた。私もマネをして両手で折り紙を持ち、「食べてみる？」と答える。メイッコ1号は、おかしくてたまらないといった表情で、はむとサンドイッチを唇にはさんだ。私も、はむと紙を唇に挿し込む。「おいしい？」と聞いてみると、あいまいにはにかんでいる。気がつくと、赤と緑の折り紙はくるくると丸めてひねられて「おリボン」に変わっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　帰り際に、メイッコは「おねえちゃん、これ持って帰って」と私たちの「サンドイッチ」を渡してくれた。「ありがとう」と受け取って、私はそれをスーツケースのポケットにしまった。小さい頃、私もこんな他愛のない贈り物を、たくさんの人たちに渡していただろう。ふと、困惑した顔で「これ、おばちゃんにくれるの？」と言った後で、母と笑いあっていた叔母の顔を思いだす。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こんなに愛おしい贈り物なのにな、と私は思う。でも、いろんな受け取られ方があっていいとも思う。「くちゃくちゃの折り紙」で「ごみみたいなもの」でもあるのは事実だ。もらっても価値がなく、使い道もないと思う人がいるのも当然だろう。ただ、私がこれを愛おしい贈り物だと思うなら、その思いをメイッコ1号に伝えてみたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　姉の家から帰ってしばらく後、私は机の上に置いてあった4枚の折り紙を広げて伸ばした。この紙で、何かを折ってメイッコ1号への「お手紙」にするのはどうだろう？　離れていても、メイッコ1号のことを思っていること、「サンドイッチ」も「おリボン」も忘れてないよと伝えることくらいはできるかもしれない。ネットで「折り紙」と検索すると、折り方を解説するサイトを見つけた。ピンクと黄緑は、折り紙のサンドイッチに。赤はバッグに、緑は腕時計になった。メイッコ1号は、これを見て私と折り紙で作った「サンドイッチ」を食べたことを思いだすだろうか？　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　忘れてしまっていてもいいのだと思う。たいがいにおいて、私たちは数多くの言葉を弄するけれども、「あなたのことを思っている」ということ以外に伝えられることなんてない。あとは「どんな風に」を表す修飾に費やされるだけなのだ。今日、姉から「届いたよ」と電話があった。手紙が届く。ただそれだけでうれしい。&lt;/p&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1406152601</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1406152601</guid><pubDate>Tue, 26 Oct 2010 20:46:00 +0900</pubDate></item><item><title>"文章に熱心とはいえないが、ことばは好きで、心にはその破片がちらつく。それは男と夜を明かしてもかわらない。だから彼が、人は肉体の不完全さにいらだつあまり精神なんぞに助けを求めるのだな、と笑えば、二人でいて..."</title><description>“&lt;p&gt;文章に熱心とはいえないが、ことばは好きで、心にはその破片がちらつく。それは男と夜を明かしてもかわらない。だから彼が、人は肉体の不完全さにいらだつあまり精神なんぞに助けを求めるのだな、と笑えば、二人でいても消え去らぬことばどもに嫌悪を感じなくともすんで救われ、心の破片も華麗になる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もしわたしに、ことばに関する修業があるとするなら、文章以前のこれらのことばのくずを華麗に息づかせる状況へと、自分を追いやることに貪欲だ、ということぐらいである。華麗といっても、それはひとりそう感ずるばかりで普遍性はない。&lt;br/&gt;
　&lt;/p&gt;”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;&lt;p&gt;P140 森崎和江「ことばを生む」／週刊朝日編『私の文章修業』&lt;br/&gt;
この後、森崎さんの文章は、「ことばの破片は生きているが、ことだまは不在」ということは、「文章修業などで呼び戻せることではない」とつづく。ことばの身体とたましい＝ことだま。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この本には52人の「名文家」たちが、それぞれの文章に対する考え方が書かれている。真面目に応えるひともいれば、「文章修業」ということを書くときでさえ名文でうならせる人もいる。真剣に答えているらしいのに、笑いがこみあげてくる文章を書く人もいる。単に、読み物としてたのしい本。&lt;/p&gt;&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1390237947</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1390237947</guid><pubDate>Mon, 25 Oct 2010 01:00:37 +0900</pubDate></item><item><title>"布を織ること、衣服を着ることの象徴的な意味は、王権にだけかかわるものではない。西アフリカでも、布を織ることが比較的古くからあったらしい社会では、織ることとことばを話すことが、関連した行為と考えられている..."</title><description>“&lt;p&gt;布を織ること、衣服を着ることの象徴的な意味は、王権にだけかかわるものではない。西アフリカでも、布を織ることが比較的古くからあったらしい社会では、織ることとことばを話すことが、関連した行為と考えられている。フランスの言語人類学者カラム＝グリオール教授によると、ドゴン族にとって口は息をことばに織る器官であり、歯は筬（おさ）に、舌は杼（ひ）に、のどびこは綜絖（そうこう）に対応するという。そして手が交互に投げる杼の往復運動によって布が織られてゆくさまは、問いと答えのやりとりによって、ことばが織られてゆくのに比せられるという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　考えてみれば、同じような類比は、文字を用いる社会では、織る行為と文をつづる行為のあいだに認められるかも知れない。日本語でも、元来模様とか筋道を意味したらしい「あや」という言葉など、文（あや）にも通じる一方で、織機の綾糸や綾巻き、あやひと（上代の大陸渡来の職工）等の語も派生させている。美しい文章をつづることを意味する「あやどる」などは、両方にまたがる表現であろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ラテン語の「織る」（texere）の系統をひくヨーロッパ諸語でも、英語を例にとっても、「織物」（textile）の一部を切りとれば「原文」（text）になり、その前につぎをあてると「文脈」(con-text）の意味にもなる。だが、私がここで問題にしたいのは、織られた布などで身を「よそおう」行為と、ことばのうちでも「名づける」行為とのかかわりだ。&lt;/p&gt;”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;P236-237, 19 文化のなかの技術／川田順三『サバンナの手帖』&lt;br/&gt;
なつかしい本を手に取って、過去に自分が折り目をつけたページを開き、「問いと応えのやりとりによって、ことばが織られてゆく」の一節にはっとする。織りかけたままホコリをかぶってしまっていた思考の糸を巻いた杼を手に取ってカタンと機織り機を動かしたような感じ。そして、その音の余韻が耳に残る。&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1390053236</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1390053236</guid><pubDate>Mon, 25 Oct 2010 00:33:08 +0900</pubDate></item><item><title>"私はお坊さんの「剃髪なう！」ツイートを見つけるのが大好きです。"</title><description>“私はお坊さんの「剃髪なう！」ツイートを見つけるのが大好きです。”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;&lt;a href="http://www.higan.net/blog/bouzu/sect/jodoshinshu/enju_01/"&gt;「話す」より「聴く」ことからはじめた人／藤岡延樹さん（上） - お坊さんインタビュー集｜坊主めくり―現代名僧図鑑&lt;/a&gt; (via &lt;a href="http://minimumsho.tumblr.com/" class="tumblr_blog"&gt;minimumsho&lt;/a&gt;)&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1389636124</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1389636124</guid><pubDate>Sun, 24 Oct 2010 23:27:30 +0900</pubDate></item><item><title>「話す」より「聴く」ことからはじめた人／藤岡延樹さん（上）</title><description>&lt;a href="http://www.higan.net/blog/bouzu/sect/jodoshinshu/enju_01/"&gt;「話す」より「聴く」ことからはじめた人／藤岡延樹さん（上）&lt;/a&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1368706773</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1368706773</guid><pubDate>Fri, 22 Oct 2010 06:53:00 +0900</pubDate></item><item><title>言葉を使うことなしに</title><description>&lt;p&gt;雨のバス停を下りてひとつめの角を曲がると、小さな傘が歩いて来て恥ずかしそうに私を見上げた。そっと手を差し出すと、小さな手が握り返してくる。私とメイッコ1号は手をつないで姉の家までの道を歩きはじめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;家に着くと「お姉ちゃんにおてがみー」と折りたたんだ紙を持ってくる。4歳のメイッコ1号はまだ文字を知らない。裏にも表にも、一面にピンク色とうすい黄色の色鉛筆でぐるぐる描いたバラの花。このバラにはちゃんと見覚えがある。夏に実家で会った時、誕生日プレゼントにあげた造花の小さなブーケだ。赤いバラを黄色い薄紙に包んだものを渡すと「ピンクがすき」と小さな声で言っていた。この手紙は、そのときの気持ちを伝えてくれるものだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「この子ねえ、『おねえちゃん来るよ』って言ったら、『やったー！』って叫んでジャンプしたのよ」と姉が言う。メイッコ1号はそしらぬふりでメイッコ2号とはしゃいでいる。しばらくすると、やはりプレゼントした絵本『すてきな３にんぐみ』を持ってきて読んでくれとせがむ。もう、絵本の内容はすっかり頭に入っているらしく、ときどき声を合わせてセリフを口に出して笑う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「こっちのも読んで？」と持ってきたのは、お風呂が大好きなアヒルの絵本。「アヒルさんねえ、お風呂がだーいすきなんだけどね」と言う。実家で私と一緒にお風呂に入ったことが楽しかったと言っていたと母から聴いた。そのことを、一緒に思いだしたくて、この絵本を持ってきたのかな、と思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;メイッコ1号は、そんなに言葉多い子ではない。むしろ、2歳にならないメイッコ2号のほうが口が早く、絶え間なく誰かの口真似をしているくらいだ。でも、メイッコ1号のコミュニケーションはとてもていねいだ。大切にしている思いを自分の持つ方法でけんめいに伝えてくれる。もしも、私が言葉を持たなかったとして、これほどまでに繊細に思いを伝えることをするだろうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そろそろおねえちゃんは帰るよ」と姉が言うと、ワッと笑顔が消えて泣き顔になる。抱きしめて「ごめんね。また来るからね。ごめんね」と言うと、体のこわばりが取れてやわらかくなった。つらい思いをしているときでも、ちゃんとこちらの思いを受け止めようとする。こんなときの、メイッコ1号には人としてのとてつもない大きさを感じてしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いちごのフルーチェ作ったから食べて」と、小さなお盆を持ってくる。おいしいねえ、と何度も顔を見合わせながら食べる。「今度はね、桃のフルーチェを作るんだけどね」と話してくれる。この日に一緒に過ごしたことを、そのときに感じていたことを、私はどんな手紙でメイッコ1号に伝えることができるだろう。言葉を使うことなしに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たった4歳でも、メイッコ1号にはかなわない。&lt;/p&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1342597879</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1342597879</guid><pubDate>Mon, 18 Oct 2010 17:07:00 +0900</pubDate><category>メイッコ</category></item><item><title>"　書物にできることはいろいろある。知恵や情報を授け、一時の楽しみを与え、ことの道理を示し、見知らぬ土地に案内し、他人の人生を体験させ、時には怒りを煽る。しかし、結局のところ、書物というものの最高の機能は..."</title><description>“　書物にできることはいろいろある。知恵や情報を授け、一時の楽しみを与え、ことの道理を示し、見知らぬ土地に案内し、他人の人生を体験させ、時には怒りを煽る。しかし、結局のところ、書物というものの最高の機能は、幸福感を伝えることだ。&lt;br/&gt;
　幸福になるというのは人生の目的のはずなのに、実は幸福がどういうものか知らない人は多い。世の中にはこうすれば幸福になれると説く本はたくさんあっても、そう書いている人たちがみな幸福とは限らない。実例をもって示す本、つまり幸福そのものを伝える本は少ない。つまり、本当は誰もわかっていないのだ。&lt;br/&gt;
　『旅をする木』で星野が書いたのは、結局のところ、ゆく先々で一つの風景の中に立って、あるいは誰かに会って、いかによい時間、満ち足りた時間を過ごしたかという報告である。実際のはなし、この本にはそれ以外のことは書いていない。”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;&lt;p&gt;池澤夏樹／星野道夫『旅をする木』（文春文庫）の解説より&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「書物」を「人」に置き換えて考えてもいい、と思う。「人にできる最高の仕事は、幸福感を伝えることだ」とか。&lt;br/&gt;&lt;a href="http://amzn.to/cRnvZL"&gt;&lt;a href="http://amzn.to/cRnvZL"&gt;http://amzn.to/cRnvZL&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1305595049</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1305595049</guid><pubDate>Wed, 13 Oct 2010 21:16:00 +0900</pubDate><category>メイッコ</category></item><item><title>"ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。"</title><description>“ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;&lt;p&gt;星野道夫『旅をする木』文春文庫&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私が「ここ」で、せわしない暮らしをする「今」も、電車に3時間ほどの距離を離して山があり、森があり、海がある。大海原ではクジラがおひるねしているかもしれない。海を越えれば、昼と夜がさかさまになった世界があり、砂漠の国では銃を構える人がいるのかもしれない。だから、「今」「ここ」にあることが、世界中のすべてだなんて思わない。&lt;/p&gt;&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1305526914</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1305526914</guid><pubDate>Wed, 13 Oct 2010 20:59:00 +0900</pubDate></item><item><title>"　われわれが属している場所を去るために、われわれのために、空虚が、空地がある。それは荒野へ向かう道、脱出し流浪するための道である。プロレタリアートには祖国がない。人の子にも、身を横たえる場所とてない。い..."</title><description>“&lt;p&gt;　われわれが属している場所を去るために、われわれのために、空虚が、空地がある。それは荒野へ向かう道、脱出し流浪するための道である。プロレタリアートには祖国がない。人の子にも、身を横たえる場所とてない。いかなる場所でも寛いではならない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br/&gt;
　喪失を永遠に受け入れよ。自分自身の魂を手放せ。「自我が壊れるとき、悟りは最終的勝利ではなく、最終的敗北である。無のようになることである」。すなわち、私は誰でもない（no one）、私は名詞（noun）である。&lt;br/&gt;
         Powell, Zen and Reality, 72.&lt;/p&gt;”&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; - &lt;em&gt;ノーマン・O・ブラウン『ラヴズ・ボディ』みすず書房P378&lt;br/&gt;&lt;a href="http://amzn.to/9etvE8"&gt;&lt;a href="http://amzn.to/9etvE8"&gt;http://amzn.to/9etvE8&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;/em&gt;</description><link>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1255891264</link><guid>http://bouzu-show.tumblr.com/post/1255891264</guid><pubDate>Wed, 06 Oct 2010 23:46:00 +0900</pubDate></item></channel></rss>

